明日の天気予報は雨。
気持ちが沈む。
靴も濡れるし、髪ははねるし、いいことがない。
明日の天気予報は雨。
それなのに、今は少しだけ明日の雨が待ち遠しい。
昨日の晩御飯は?
少し考えて、
あぁ、、、ハンバーグか。
たった十数時間前の出来事でこうだ。
ましてや一週間前の今日に何をしていたかなんて覚えているはずがない。
それなのに、10年前のことは鮮明に覚えている。
雨が降ると必ず思い出す。
俺の初恋の相手って誰だったんだろう。
テレビで見た芸能人だったのか、近所に住む少し大人のお姉さんだったのか曖昧だ。
でも、高校生になって初めて好きになった人は覚えている。
クラスは違ったけど委員会が一緒だった。
彼女は誰とでも笑顔で話し、まさに「社交的」という言葉が似合う人だった。
俺は決して女性と話すのが苦手なタイプではなかったけど、あんな笑顔でまっすぐに目を見つめられたら誰だって再起不能だ。
少なくとも俺はそうだった。
イチローのバックホームを彷彿させるほどのレーザービームが胸を貫いた。
学年のマドンナ的なポジションではなかったけど、彼女を狙う男は多かった。
でもちょうど「草食系男子」という言葉が流行りだした時代だったのかな?
積極的にアタックする男子が少なかったのはせめてもの救い。
当時は携帯電話も普及してなかったし、委員会は一緒だったとはいえ、顔を合わせるのは月に1度程度。
同じクラスの奴らがうらやましくて仕方なかった。
休み時間ごとに廊下を通って、遠くから一瞬だけ視線を向ける。
こちらに気付くはずはないけど、彼女の笑顔を見れることがあの頃の俺には幸せなことだった。
今思えばストーカー。
休み時間ごとに教室を抜けてたせいで、クラスメートからはよくこう聞かれた。
「おまえ、高校生なのに頻尿なのかよ。」
初めて「頻尿」という言葉を知った。
次の日からは、午前午後それぞれ一回ずつに減らしたよ。
月に一度は委員会で顔を合わせるけど、ただ同じ空間にいるだけ。
言葉を交わすわけではない。
「先輩」というただ先に生まれてきただけの奴が調子に乗って声をかけている。
それを横目で眺めることしかできない。
「先輩」も大変だよな。悪いことなんて何一つしていないのに、一年早く生まれただけで「後輩」から恨まれちゃうんだから。
結局、彼女のプライベートってやつがどうなっているかなんて知る由もないまま時間だけが流れ、高校最初の1年が終わった。
2年生になったら違う委員会に入ろうと思っていた。
これで彼女と顔を合わすこともなくなる。
環境が変わればまた別に気になる人が出来る。
高校ってそういうところだと思ってた。
春休みが終わり新学年が始まる。
1学年に7クラスあるから、クラス替えによってメンバーはガラリと変わるって「先輩」に言われてた。
春休みに道に迷っていた知らないお婆ちゃんを助けてあげたからかな。
新しいクラスに彼女いるじゃん。
その日の帰り道、5~6年ぶりのスキップをした。
周りの視線なんて痛くもかゆくもなかった。
次の日ももが痛かったけど。
クラスが同じって素敵。
特に理由もなく彼女と会話する機会が増えた。
もちろんただのクラスメートとして。
会話するたびに、あれ?俺のこと好きなのかな?
なんて心の中で思ったりなんかしちゃってたけど、忘れてた。
彼女は「社交的」な人なんだ。
冷静になると見えてくる。
誰とでも分け隔てなく会話してるんだよね。
2学年になっても男子の「誰がいい?」話にはレギュラーメンバーで登場する彼女。
そろそろ出演料払うべきかな?
相変わらず男子から人気の彼女。
3月の俺ごめんな。俺、委員会は変えなかったよ。
日常の生活以外にも、委員会のおかげで彼女と話す機会は周りの男子より多かった。
2人で委員会の集まる教室に移動する時間が何よりも幸せだった。
何の邪魔も入らない3分間だった。
とはいえ、周りと同じく「草食系」の俺。
特別な行動はせず1日1日と時間だけが過ぎていく。
触れてこなかったけど、俗にいう「クラスの中心」のメンバーの1人だったからそれなりに他の女性とも会話はしてた。
彼女との進展は何もなかったけど、夏に入り俺のもとに春がやってきた。
どうやらクラスメートの子(仮にA子とする)が俺のことを気になってくれているらしい。
「草食系」の俺とは比べ物にならないくらいA子は積極的な子だった。
気付けば、登下校を共にし、気付けば、俺から告白をしてた。
そして当然のように俺たちは付き合うこととなった。
A子は今までの俺の気持ちを知らない。
でも確かに俺はA子を好きになっていた。
それなのに、2人でいるときでさえも、たまに彼女の顔が脳裏に浮かんでしまっていた。
A子と付き合って2週間後、驚くニュースが耳に入った。
彼女、誰かと付き合うことになったって。
相手は例の「先輩」。
色々なところからの情報によると、その「先輩」は去年からずっとアタックしてたらしい。
1度も振り向くことのなかった彼女がようやくOKしたんだってさ。
気持ちは複雑だったけど俺にはA子がいる。
でも俺は本当にA子が好きなのか?
自問自答に動揺している理由は明らかだった。
年が明けても俺とA子は付き合っていた。
彼女も「先輩」と続いているようだ。
俺と彼女には何も深い関係なんてない。
そしてお互いに別のパートナーがいる。
でもさ、俺、彼女と委員会が同じなんだよ。
1年間の活動報告を、他校の同じ委員会の人たちの前で発表するのが2年生の仕事だなんて知らなかった。
気付けばその発表する役目を俺と彼女が担っていた。
2年間同じ委員会だったし、クラスが同じだってだけの理由で。
たんたんと作業をし、たんたんと発表の準備をした。
もちろん2人きりで。
楽しかったけど、お互いのパートナーの話は一切せず、そしてそれっぽい話も全くしなかった。
ただ委員会の仕事を全うするだけだった。
発表日は2学年が終わり、春休みに入った最初の日だった。
俺と彼女と担当の先生の3人で、200人くらいは入れる大きなホールに向かった。
何地区かまたいだ20校くらいの学校が参加する大きな場だった。
行先は告げられないまま、電車に乗った時点で何かおかしいなとは思ったんだよ。
先生、集まるのは3校程度だって言ってたあれ、嘘だったのね。
あたふたしている俺たちを見てゲラゲラ笑っている先生から、大人のズルさを学んだよ。
オーディエンスの人数が変わったところで、発表内容は変わらないんだから、なんだかんだで無事に終えることができた。
時刻は16時。
先生とは現地解散して、俺と彼女は2人で駅まで向かった。
途中、流れでマクドナルドでポテトを食べてから駅に行こうとなった。
どちらが言い出したでもなく、流れで。
クラスも一緒だった、委員会も一緒だった。
なんだかんだで共通の思い出はたくさんあって、信じられないくらい話は盛り上がった。
高校生だから遅くまではいられない。
でもこの瞬間は終わってほしくなかった。
次の学年で同じクラスになれるかなんて分からない。
委員会だってそうだ。
これが最後かもしれない。
でも彼女には「先輩」がいて、俺にもA子がいる。
壁の時計に目をやる。そろそろ帰らなければならない時間だ。
本当に無意識だった。
「俺、君のことが好きだったんだ。」
「、、、私も。」
時間が止まった。
委員会が同じになって、クラスも同じになって、A子と付き合って、「先輩」と付き合って、、、
根拠はないけど、彼女のその言葉は本当なんだろうなと思った。
さっきまで盛り上がっていたのが嘘であったかのように沈黙が続いた。
無言のまま2人で席を立ち、店から出た。
静かに雨が降り出した。
俺はカバンから折り畳み傘を出した。
「その傘、しまって。」
彼女が一言だけ言った。
それ以上言葉を交わすこともなく、俺は彼女がさしてくれた傘に入れてもらって駅まで歩いた。
時々肩が触れ合ったけど、お互いに何も言わなかった。
俺と彼女、乗る電車は反対だ。
「入れてくれてありがとう。」
「傘持ってるのにしまわせちゃってごめんね。」
「ううん、俺、傘持ってなかったよ今日。」
「ありがとう、、、そろそろ電車来るね。」
「うん。」
「じゃあね。」
「じゃあね。」
お互いに「またね。」とは言わなかった。
春休みが終わり、最後のクラス替え。
俺のクラスに彼女はいなかった。
入る委員会も変えた。
後で知ったけど、彼女も違う委員会に入ったそうだ。
そして俺たちの委員会は被らなかった。
A子ともクラスが離れ、関係も自然と終わっていった。
A子はまたすぐに別の彼氏が出来たんだって。
彼女が「先輩」とどうなったかなんて何も知らない。
何事もなく受験期に入り、何事もなく大学が決まり、そして何事もなく卒業を迎えた。
何事もなかったかのように、彼女と会うこともなくなった。
あれから10年が経った。
大人になって、もしまた彼女と出会えたら、俺たちは何を話すのだろうか。
明日は、高校卒業後10年の節目となる同窓会だ。
彼女は来るのだろうか。
いや、彼女はきっと来る。
携帯に映る画面を見て、不思議とそんな気がした。
明日の天気予報は雨。
今週のお題「傘」
いや雨じゃないんかぁーい!!